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2009.03.15/ 13:41(Sun)
 週刊新潮の連載エッセイに『あとのまつり』(執筆:渡辺淳一)がある。第二三五回の「佐多岬紀行 その三」を紹介しよう。この紀行で渡辺淳一氏は指宿温泉で砂風呂を体験、さらに露天風呂をお楽しみになった跡、篤姫ゆかりの和泉島津家別邸跡を訪ねている。そこまでは取り立てて何ということもないのであるが、渡辺氏が指宿から知覧に移っての紀行文がなんともあと味の悪さを残すのである。

「(知覧は)第二次世界大戦の末期、沖縄戦の特攻機地となり、多くの特攻機が飛び立っていったところでもある。この飛行場跡には記念館があり、(中略)飛び立つ前に記していった手紙や寄せ書き、そしてさまざまな写真が飾られている。いずれも十代から二十代の若々しい顔がなんの屈託もなく笑っていて、寄せ書きには「天皇陛下万歳」とか「笑って死なん」などと記されている。さらに家族への手紙には、「国のため、先に死ぬ不孝をお許し下さい」と記されている。

 この基地から、最期の別れの盃を交わして、一〇三六名の若者が特攻機に乗り込み、自ら死の世界へ旅立っていったのである。しかし、本当に自ら望んでの死であったのか。彼等のすべての手紙が厳しく検閲されていたことを思うと、一層、痛ましさがつのる。当時、彼らは軍神と称えられたが、いま考えると、敗戦濃厚な戦況下での出撃であり、なんとも惜しい人材を失ったことは、かえすがえすも残念である。そうとも知らず、死ぬことを大義と信じて散った隊員達のことを思うと、改めて幼児から青年期にかけての、教育の恐さを知らされる。なにを、いかに教えられ、信じ込まされるかによって、人間は想像もできないことを、やり遂げることがある。その怖さを、特攻平和会館は改めて知らせてくれる。」

渡辺氏は、終戦の時十一歳で、国民学校の五年生である。とても特攻隊員の気持ちを理解できる年齢ではなかったと思われる。今、知覧飛行場跡の特攻平和会館にあって、当時の若者の心をさまざまに想像し、その背景に思いを巡らすのは渡辺氏の自由である。

しかし、すでに帰らぬ若者たちの心とその死の意味するものを後世の者が矮小化することだけは已めて戴きたいのである。渡辺氏は愛する家族や国家に命を捧げて死地に赴いた一〇三六名の特攻隊員を紹介するすぐあとに「本当に自ら望んでの死であったのか」と言葉を連ねる。特攻隊員の手紙に書かれたことに疑問を抱く理由に、軍による厳しい検閲をあげる。私は渡辺氏の抱く疑問がまったく無意味であるとは言わない。多くの若い特攻隊員の中には軍の検閲の目を意識する方も居られたかもしれない。しかしである。

後世において私たちが読ませていただく彼らのすべての手紙がもし検閲の目を意識して書かれたものであれば、あれほどまでに私たちの心を打つであろうか。心がこもらぬ文章に私たちは感動することはない。思わず涙することもない。私は、渡辺氏の話題作『失楽園』や『シャトウルージュ』を読んでも感動を覚えない。涙することもない。

さらに渡辺氏は、敗戦濃厚な戦況下で死ぬことを大義と信じて散った隊員たちのことと、彼らに授けられた教育を結びつけてその怖さを強調するのである。「何を、いかに教えられ、信じ込まされるかによって、人間は想像もできないことをやり遂げることがある」と読者の恐怖心を煽るのである。教育によって人が変えられるのは当然である。しかし渡辺氏はこのことを強調するあまり、教育は人間から思考や人格を奪って、とんでもないことをしでかすファナチック(熱狂的、狂信的)な人間に仕立て上げるという妄想を抱くのは適当でない。けっして戦前における日本の教育はそうではなかったと思いたい。
ここで、アンドレ・マルロー(フランスの小説家、ドゴール政権での情報相、文化相)が述べたといわれる言葉を紹介しておこう。すでに小稿の読者諸兄はご存知であろうし、やや長文に亘って恐縮ではあるが、伝えられるままに引用した。

(引用)「日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわり何ものにもかえ難いものを得た。これは、世界のどんな国も真似のできない特別攻撃隊である。ス夕―リン主義者たちにせよ、ナチ党員たちにせよ、結局は権力を手に入れるための行動であった。

日本の特攻隊員たちはファナチックだったろうか。断じて違う。彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかった。祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。人間はいつでも、偉大さへの志向を失ってはならないのだ。

戦後にフランスの大臣としてはじめて日本を訪れたとき、私はそのことをとくに陛下に申し上げておいた。フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。フランス人のなかには、特別攻撃隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなに少ない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を 抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。「母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか?」と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、いさぎよく敵艦に体当たりをした特別攻撃隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」(引用おわり)

渡辺氏は小説家であり、マルロー氏もまた小説家である。渡辺氏は日本人であり、マルロー氏はフランス人である。この二人による特別攻撃隊員への考え方、見方の違いは、何によるものであろうか。私には解を見出せない。この解はご聡明な読者諸兄にお任せして本稿を終わりたいと思う。
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Category: 蟷螂の斧
 
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