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2009.04.13/ 16:36(Mon)
軍事の文民統制と個人の言論の自由を秤に掛けたらどちらが重いか、結論は自明のことで、当然にして言論の自由である。思想及び良心の自由についてまた同じである。

言論の自由や思想・良心の自由は法律で定められるから保障されるのではない。法律に規定があろうがなかろうが保障されるべき自然権である。これは国家権力をもってしても奪うことのできない権利である。自然権であるから万人に公平に認められる。特定の者だけに与えられたり、特定の者だけが制約を受けるようなものではない。

石破茂農林水産大臣は自身のブログで『田母神・前空幕長の論文に思う』と題して、「正直、文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。このような論文を書いたことは極めて残念の一言に尽きる」―としている。 

そもそも軍への文民統制と個人の歴史観を対立させて論じることに何の意味も無い。わが国の政治家の多くは軍事について殆んど無知である。歴史、とりわけ近代史には疎い。高校や大学入試は「いいくにつくろう鎌倉幕府」程度の年代暗記で通過してきた人間が国会で議席を占めているのだから歴史認識のほどが知れよう。彼らにはそうした劣等意識があるから、畢竟、文民統制という伝家の宝刀を振りかざすことで自衛官(軍人)の言論を封じ込めると高を括っている。

ところが今回は、そうではない人物が出現したから政治家も官僚も慌てふためいた。その様子が窺い知れる。「連休中に退職させてしまえ」となる。

これが政治家の正体なのである。「正体見たり枯れ尾花」とは至言である。枯れ尾花がブログで喚いているのだから傍目には滑稽である。

政治家だけではない。言論人、ジャーナリストもまた、文民統制本来の意味を理解せずに「そうだそうだ」の大合唱である。雑音でしかない。話を戻すが、如何なる歴史観を持つか、或いは持たないかは個人の良心の自由に委ねられることである。国家権力を以ってしても奪うことのできない自然権である。

この良心の自由をいつ、どこで、どのような方法で表現するかもまったくの個々人の自由である。そう、自然権である。国家権力が封じ込めてよいものではない。

言論人もマスコミも日頃、言論の自由、思想信条の自由、報道の自由、国民の知る権利を声高に叫ぶが、自分たちにとって都合のよい言論の自由、思想の自由なのである。都合の悪い言論や思想はこれを潰しにかかる。自衛官が自己の信念を世に問うなどもっての他と考えている。

彼らが欲しいのは万民に保障される権利ではなく自分たちにとって都合のよい権利のみである。石破氏は慶應大学法学部で言論の自由、思想信条の自由、表現の自由の意味を学ばなかったのであろうか。三井銀行の新人行員であった頃にこうした常識を教えられなかったのであろうか。金勘定だけを教わったのか。或いはキャンディーズや南沙織の追っかけに夢中で物事の本質を学ぶ余裕などなかったのか。彼の軍事知識はプラモデルの箱書きの説明を読んで得た程度のものである。

こうした人間が国の防衛政策のトップに立つのだから、国民は悲劇である。えらく嘗められたものである。政治家たちは文民統制の何たるかを知らないからこれを法律で定めようにも法案すら書けない。社民党や共産党は「文民統制の危機」などと言っているが、そもそも彼らは自衛隊の存在を認めてこなかったのであるから今さら何を言っても自己矛盾の拡大でしかない。また石破氏に話を戻すが、彼はいう。

「「日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。」と。ふーん、これが石破氏の歴史観であり国家観なのである。また彼は「歴史はその本質が科学である以上、あくまで客観的に捉えるべきですし、存在する多くの見方を自分自身で吟味し、判断すべきです。」ともいう。彼の歴史は科学であるという考えに同意は差し控えるが、日本は侵略国家であったのだという一方に偏った歴史観を改めて客観的に捉えたとき、田母神氏が世に問うたように「果たして日本は侵略国家であったのか」と問題提起になるのである。さらに引用を続けよう。石破氏は「制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ。それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです」という。石破氏のこの考えには同意する。

だからこそ田母神氏は批判を恐れずに堂々と自身の考えを世に問うたのである。

田母神氏は、国民やマスコミと正面から向き合うべきだと考えたから、公募論文に自分の歴史観を書き綴ったのである。このことが何か問題ですか。石破さん。国民から信頼され、尊敬される存在であるために、田母神氏は自己の歴史観を述べ、日本人よ誇りを持とうではないか、と主張したのである。
それを怪しからんとして潰したのは政治家であり、言論人であり、ジャーナリズムなのである。こうしたことを私たちは「支離滅裂」という。所詮は「文民統制」云々以前の問題なのである。そして問題の責任の所在は田母神氏にあるのではなく、言論、思想・信条、自由の本質を知らず、文民統制の何たるかを知らぬ政治家の側にあるのだ。
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Category: 蟷螂の斧
 
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