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2009.05.13/ 15:59(Wed)
政府が男女共同参画社会の実現に向けて政策を展開して十年になろうとしている。

これまでこの政策が良い意味で社会の文化的進歩を促すよりも、多くの軋みを生じさせているのは、この政策を拠り所としてわが国の伝統文化を破壊することに究極の目的を置く勢力が存在することによる。このことは坂東眞理子著『女性の品格』(PHP新書)において顕著である。

坂東氏は内閣府初代男女共同参画局長を務めた人であり、現在は昭和女子大学学長の職にある。小生はベストセラー本というものに疑問をもつ者であり、発行から一年にして二百四十万部を突破したというこの本にもあまり興味を示すことはなかったのであるが、著者の坂東氏が官僚として男女共同参画政策に携わったというより政策の実質的な責任者であったということから、男女共同参画社会における「女性の品格」とはどのようなものであるかを手っ取り早く知りたく一読を試みたのである。

坂東氏が考える女性の品格をその著書から引用して少しばかり感想を呈したいと思う。坂東氏はこの本を書いた理由として次の三つを挙げている。

「第一は、現代の社会のなかで女性の生き方、役割が大きく変わり、伝統的な道徳が通用しなくなったにもかかわらず、新しい基準が確立せず、混乱が見られるからです」。

道徳規範のなかには時代とともに変わっていくべきものと大切に守り伝えるべきものがあろう。とすれば、著者はどの道徳規範が女性の生き方、役割の変化によって通用しなくなったのか、その理由をも示して述べるべきであるが、坂東氏はこれらを示さずに十把一絡げで「伝統的な道徳が通用しなくなった」と断言するのである。伝統的なものはすべてだめ、無価値であると見たようだ。

「第二は、男性たちが従来の組織人間、会社人間の枠にどっぷりつかり、お金や権力の魔力からぬけ出せないなかで、女性も男性の轍を踏んで同じように権力志向、拝金志向になってはならないと思うからです」。

世の多くの男性はお金や権力の魔力に対して自制的で質素堅実な人生を歩んでいるのだ。もし坂東氏がこれまでに関わった男性のすべてが、ご夫君を含めて権力志向、拝金志向の人間であったとすれば、坂東氏はよほど男運の悪いお方であるとお慰めしなければなるまい。

「第三は、(地球規模の)新しい諸問題の中で、地球レベルの女性の品格が求められています」。

坂東氏はわが国で女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)を務められた経歴をお持ちである。地球レベルの女性の品格とはいったいどういうものか、説明はないが、「それは私のような女性のことよ」ということであろうか。

「日本人はあまり礼状を書きません。ところが、オーストラリアで総領事をしていたときには、公邸のディナーに招待した人からは必ずといってよいほど礼状が届き、今までの自分を大いに反省しました」。(「礼状をこまめに書く」から)

坂東氏は、自分がそうであったということで「日本人はあまり礼状を書かない」と言う。

東京大学を卒業しキャリア組の官僚になり、総領事にまでなった自分が日本人の標準であるということか。私事にわたって恐縮だが、小生の母は嫁するときその伯父から『女用文章』という紙縒り綴じの文例集を与えられ、生涯それを参考にしてこまめに礼状をしたためていたと記憶する。小生の母もごく普通の庶民であったが、日本人が礼状で謝意を表すことに本来几帳面であったことが知れる。ところが坂東氏は「日本人はあまり礼状を書きません」と斬って捨てるのである。

「品格ある言葉というと「あそばせ」「ごきげんよう」に代表される「ざあます言葉」のように特別に丁寧な言葉を指すと誤解している人がいます。女性の場合、特に女っぽすぎる敬語表現は日常生活では効率が悪く場違いです」。(「敬語の使い方」から)

あそばせは「あそばしませ」の短縮形、ごきげんようは「ごきげんよろしく」の短縮形であり、いずれも丁寧語として妥当な表現である。一方、「ざあます」はございますを極端に短縮した言い方で、江戸時代の遊里で使われた言葉である。坂東氏はこれらをすべてひっくるめて「特別に丁寧な言葉を指すと誤解している人がいる」という。ご自身が誤解しているのではないか。

また、「「ございます」は不自然なので、「です」「ます」が適当です」という。

「ございます」、と「です、ます」は前後の言葉との繋がりで使い分けるのが適切であり、「です、ます、が適当です」と二分法でいうのは日本語を知らない人の言うことである。

「おしゃれで流行も取り入れたインナーは、気に入ったものを見かけたら衝動買いをすることにしています」。(「インナーは上質で新しいものを」から)

坂東さん、気に入ったものを衝動買いすることが女性の品格でしょうか。あいた口が塞がりません。「ショーツ、スリップなどの下着も同様です。たまたまよいものが目に触れたときがお買いどきです」、「本当に品格のあるおしゃれは人目につかないインナーや下着をおろそかにしないことです」。ああそうですか。「ついでに言えば、スカートやパンツも重要です」。はい、わかりました。さらに引用を続けます。

「花や木の名前を知っている人は、自然を丁寧に観察しているといっていいでしょう」。
(「花の名前を知っている」から)坂東氏は知識の多寡と教養の有無を同一視している。

「植物を愛された昭和天皇は、名もなき草というのは存在しない、すべての草には名前があるのだと言っておられたそうですが、名前を知るのは自然をいとおしむ一歩です」。

天皇陛下のお言葉を借りて自分の主張を正当化するのはよくない。 

ところで昭和天皇はこのようなご発言をなされたことはない。元昭和天皇侍従の田中直氏の回顧を見れば明らかである。

「(両陛下が那須御用邸から)お帰りになるというので、私は準備のために陛下のお部屋にまいりました。それでお居間の窓を開け、ベランダを見て驚いたのです。てっきり、きれいに整備された庭があると思っていたのに、そこにはススキが生え放題で、ヤブガラシやクズの蔓が生え放題で、私はあわてて庭園課に連絡し、すぐに刈り払うよう指示しました。すると翌日、お帰りになられたばかりの陛下からお召しがあった。

私はてっきりお褒めいただけるものと思って喜んで行きました。そしたらいきなり、「田中、どうして刈ったんだ」とのお叱り。雑草が繁っておりましたので・・と申し上げると、「雑草という草はない、どんな草にも名前があるのだ」と諭されたのでした」。

これが一部始終である。昭和天皇は坂東氏の聞きかじりのように「名もなき草というのは存在しない」ではなく、「雑草という草はない」と仰ったのである。名もなき草と雑草はまったく違う。名もなきとは「名前が世間に広く知られていないこと。有名でないこと」を意味する。一方、雑草とは、雑多な草、価値のない草という意味であり、よいニュアンスをもたない。女性啓蒙家であり国際派の坂東氏も日本語には暗いようだ。

「日本人である以上は仲間以外の日本人にきちんと通用する日本語を話せることが品格ある女性にとって不可欠です」(「乱暴な言葉を使わない」から)。坂東氏は日本語を少しばかり勉強なされるがよろしいかと思う。

「些細なことを面白がる、小さな発見の意外性を楽しむ、むきにならないでとぼけた味を出す。最近「武士道」がもてはやされていますが、江戸時代の武士たちの真面目で、誇りをもち、信義を重んじるところはとてもすばらしいのですが、生真面目すぎてユーモアに欠けるところは大きな欠点です。紳士道と武士道の大きな違いでしょう」(「ユーモアを解する」から)。

武士たちにはユーモアの素質が欠けていたとなぜ言えるのか。

西洋の紳士道を高く評価し、わが国の武士道を低くみる坂東氏の底意が窺い知れる。
「働いている女性でも、家事をすべてするのが自分の務めと考えている人がいます。すべてを一人で引き受けないで、できるだけ皿洗い機、全自動乾燥機つき洗濯機、電子レンジなどの設備投資をしましょう。外での家族そろっての食事も利用しましょう。また、どうしても忙しいとき、疲れているときは家政婦さんを頼んだり、掃除の専門サービスを利用するのに罪悪感はいりません。お金で時間を買うのだと割り切ってゆとりをもちましょう」(「私生活のゆとり」から)。これが女性の品格に通じるのだそうである。

「現在はうわべで評価する人が多いので、うまく世渡りするにはどのようにうわべを取り繕うかというハウツー本が大流行です」(「うわべに惑わされない」から)

この『女性の品格』は、どこをどう読もうが、うわべを取り繕うハウツー本である。

「明治から大正にかけて日本を訪れた外国人は、日本の庶民のレベルの高さに感動しています。貧しくても正直で勤勉で礼儀正しく、思いやりがある庶民に社会の品格を感じています。当時より二十一世紀の日本人はずっと豊かになり、教育水準も高くなっています。私たち一人一人が品格ある人間として、品格ある女性として生きるよう努めたいものです」(「倫理観をもつ」から)。

これが坂東氏の結論であるとすれば、はじめに書かれた「(現代は)伝統的な道徳が通用しなくなった」のではなく、伝統的な道徳規範に立ち戻れというべきではないのか。
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Category: 蟷螂の斧
 
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